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伊藤大輔 / Daisuke Ito  facebook twitter instagram line

 

母の実家である石川県鳳珠郡穴水町で生まれる。兄妹の中でひとりだけ石川県生まれ。福井県勝山市で中学卒業するまで暮らす。余談だけど、この出生地が違うのがめんどくさい。中学卒業後、15歳でスペインへサッカー留学する。

 

18歳のときにグラウンド内で心肺停止。先天的心臓疾患ありました。ICD(植え込み型除細動器)を植え込み日本で身体障害者1級の手帳をもらうことになってサッカーはもちろん運動全般禁止。しかしビビってたのは本当に最初だけで、それからはほぼ守ってない。たぶん40歳くらいでしっぺ返しくらうんじゃないかなと想像してます。

 

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しかしこの経験は自分の中で大きい以上の出来事でした。普通に自殺しようとして手首とか切った。まあ切り方も悪けりゃ、たぶんなんだかんだ心底ではビビっ てたから絆創膏をいろいろやって張って(普通に1個じゃ覆いきれんかったから)隠してたら傷跡が残らない程度のもんでした。
それでも『なぜか急に サッカーが出来なくなった』って理不尽さに本当に絶望して、心の中では本当に自暴自棄になってた。ちょうどそのときにアメリカ同時テロの911があったんだけど、 ニュースで映像見てても逆に『あの中にいたかったな』とか本気で思ったくらい。今でもあの飛行機がビルに突っ込む映像を見て、あの当時の気持ちとか甦りま す。

 

なんか絶望しすぎて、『もういいやーめんどくせーどうせ死ぬし、病人として100歳まで生きるくらいなら死ぬなら好きなことやって明日死のう』って思って 前向きになれました。身体障害者に認定されるってのも、あの当時では受け入れがたいことで、普通の人間として全てにおいて否定された気分でした。身体障害 者見て『かわいそう』とか思ってましたが、自分がなってみると『かわいそうとか思われたくねー』、ま、つまりは『社会的にランクが下だと見られたくねー』って思ってたんだなってことです。だって、人間だもの。ミツヲ風。

 

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そして、まあスペインで生活し続けて10年以上経ちました。スペイン語の資格取ったりコーチングライセンスの一番下取ってみたり。こっちで知り合った友人とサッカー留学とかの、まあつまりはサッカービジネスの会社やったりしましたが、本当にいろんなこと勉強させてもらいました。安易に他人は信用してはいけないなって結果になったので、自分ひとりでやってみたり。そんなこんなで周りにはもう迷惑しかかけてないです。どうしようもないです。

 

 

留学したのは、やっぱりサッカーでプレーヤーとして成功したかったから。後々、今はもうリーガエスパニョーラのチームの強化責任者になったプロコーチから 「1部は難しかったかも知れないけど、セグンダAとかセグンダBでは、つまりプロとしてプレー出来てたと思うのにもったいなかったね」って言われたが、もう後の祭り以上のものでしかなくて、やっぱり悔しかったけど時間が経ちすぎて結構どうでもよかった(笑)

 

U4とU15のチームのコーチもしながらスペインサッカー協会を通じてUEFAコーチンングライセンスBを受講したんですけど、その間、自分には新しい経験・積み重ねがないことを実感したので、現役復帰。ベテランカテゴリーのチームでプレーしてたんですが、ベテランカテゴリーは試合のみで練習がないので普通のカテゴリーの練習に参加してました。

 

 

2017年にはスペインサッカー協会を通じてUEFAコーチングライセンスAを取得しましたしたが、やっぱりまだグラウンドでサッカーがやりたくてベテランカテゴリーのチームでプレーしてます。

 

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そしてこのページを立ち上げたのは、『daikito.com』ってドメインずっと持ってるし、なにかしたいなとずっと思ってたので。別に大した存在意義はないですし、このドメインで個人ページやってたところで別に誰もこのハゲに何も言わないと思います。

 

ちなみに『だいきーと』って?

 

これはもう10年以上も前にフラットシェアしてた子から出てきたあだ名?です。メールアドレスを作らないとなーってことで、悩んでたら

 

Daikito(だいきーと)でいいじゃん。

 

ってことで、それをいたく気に入ってます。名字の『Ito』はスペイン語だと縮小辞なんですよね。それで名前と名字合わせて『だいきーと』。正確に は『Daisukito(だいすきーと)』だけど『だいきーと』のほうが響き良いじゃん。でもほとんど一部を除いて『だいきーと』なんて呼ばれてないんだ けどね。そして一番の親友からは『いとうちゃん』て呼ばれてるんだけど(笑)

 

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